お侍様 小劇場 extra
〜寵猫抄より

   “秋の気配?”
 


まだまだ蝉はしゃんしゃんしゃんとうるさいし、
お昼になれば陽もじりじり照って、相変わらずに暑いけど。
母屋の周辺は、七郎次の手により きれいに整えられているものの、
蔵の裏の側溝などにはエノコログサがこっそりと伸びていて。
今はまだ緑の穂なのが、
涼しい風になぶられてはゆらゆら揺れていたりもするし。
そんな草むらをちょろちょろとお散歩しておれば、
茶色いのや緑のバッタたちが
不意打ちよろしく びょんっと飛び出して来るので、

 『…っ!』

びくくっと反応よく立ち止まった小さな仔猫さん、
そのまま尻尾の綿毛を膨らませ
背中も丸めて 一丁前にも臨戦態勢を取って見せたりするのが、

 《 あまりに可愛いものだから、
   七郎次様にもお見せしたいくらいです。》

 「おいおい。」

書斎の手前、お廊下に居合わせた小さなクロさんから、
そんな話を聞いておれば、
その秘書さんのお声がリビングのほうから聞こえる。
家人は他にはいないのだけれど、
それでも話しかける相手はもう一人いて、

 「…クロちゃんはまだお昼寝なのかな?」

そうと取り沙汰されているご当人を、
ひょいと大きな手の中へとすくい上げ、
いいつやの出た廊下を
たすたすとスリッパを鳴らしつつそちらへ向かえば、

 「♪♪♪〜♪」

満月は明日なんですが、それでも今宵が十五夜なのでと、
朝食の場でそんな話をしていた七郎次が
気の早いススキをリビングの花生けへ飾っており。
どこから取り寄せたか、まだまだ全く穂が開いてはないそれが、
それでも丈があってのこと、動かせば ゆらゆらんと揺れるのへ、

 「みゃ?」

小さな小さなキャラメル色の坊やが、
大きなお耳をふるふるりと震わせつつ、
それは軽快な小走りで
“たかたった”とサイドボードまで駆けて来る。
今まで こうやって生花を飾っても
花瓶へじゃれて引っ繰り返すということはまずなかったので、
油断した訳じゃあないけれど、
まま大丈夫だろうとそこへ置いた七郎次だったものの、
小さな身をぎゅうと縮めてバネをため、
そんな自分の手元まで、
ぴょいっと飛び上がって来た久蔵に気づいて、

 「ああ、ダメだよ。じゃれついちゃあ。」

丈の長いものだけにとバランスを考え、少し重たい花瓶にしたので、
おちびさんがぶつかったくらいでは倒れにくかろが、

 「下敷きになっちゃったら大変だよ?」
 「七郎次、叱る方向がおかしくないか?」

白い細おもての前に人差し指を立て立て、
それ越しに向かい合う仔猫さんに
鹿爪らしいお顔を作る秘書殿なのへ。
通りかかった髭のご亭が
“おいおい”と苦笑を向けるのも無理はなかったが、
さりとて 彼の日頃の溺愛ぶりから察すれば、
そのくらいの方向音痴発言も いつものことであり。
今も今で、勘兵衛のほうを向き、
おおと水色の目を見張って、
意を得たり的な お顔をしたかと思いきや、

 「花瓶の中にはお水が入っているんだ。
  倒れて来たら、びしょ濡れになっちゃうよ?」

 「……それはそれで大した発想だの。」

先程よりもメッという厳しいお顔になりつつも、
言ってることがそれでは…と。
一応は 小さな前足揃えて畏まり、神妙な態度の久蔵と見比べつつ、
雄々しい厚みを誇る胸元の前へ腕を組んだ勘兵衛が、
目許を細め くつくつと苦笑ったのは言うまでもなかったのであった。





  〜Fine〜  14.09.08.


  *せっかくの十五夜ですが、
   あんまりいいお天気にはならなさそうですね。
   上陸こそしなさそうながら、
   またまた台風が近づいてるらしいですし。
   それに、涼しくなって来はしたものの
   あんまり窓を開けてていい風潮でもなさそうですし。
   いろんな意味で、早く落ち着いてほしいもんです。

ご感想はこちらへvv めーるふぉーむvv

メルフォへのレスもこちらにvv


戻る